銀河を超える光に

地球生まれ、地球育ち、地球語を話す

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時計とおなじ速さで

引っ越してからは、以前より空が見えるようになった。

 

高いビルは少なくなり、道や商店街も広く穏やかになった。以前より窮屈さを感じなくなり安堵するも、今まで沸々と感じていた緊張感が薄れることにより人生が後退しかねない、などとひとり押し問答を繰り返しているうちに街の時計にすら置いて行かれ住所変更の期限も迫り駆け込んだ区役所は17時閉庁路頭に迷うなど。

 

たぶんね、地に足つけたい訳じゃないんだ。ただ、四六時中履きたくもない浮遊草の靴を履いて生きるのも、大変に疲れる。ボーっと過ごすだけでも、ある程度歴史は勝手に作られていく。歴史という程ではないね、軌跡とか、記憶みたいなもの。その中にも特に大切にしたい瞬間などがあるわけで。そういうものをなるべく沢山増やしたいと願い歌う。

 

まんまるの月が目に入り、ふと「月がきれいだね~」とか言いそうになって、ちょっと焦る。ふたりで初めて見たボヤけ気味の月、初めて見た桜、初めて見た天井一面に揺らいだ海。どうせ少しづつあなたは忘れるだろうけど。輪切りにされたズッキーニが「きみは今しあわせでしょ?」なんてアホ面で問いかけてくる。即答できなかった自分に、今になって腹を立てた。

そんな話を、いま目の前に見える風景に向かって問いかけ続ける。返事なんてないよだってそりゃ、ただの景色。耳を澄ますとぽろぽろぽろ、音を立てる。残念ちがうよ、涙の音じゃない。ご近所さんの何処からともなく聴こえる、ピアノの音。不規則なリズムが凸凹になった思考をなぞるようで心地いい。おねがいだからそのまま、じょうずになりすぎないで。

 

この街に根を張るにはまだ共通の歴史も無い。けれども、生活を営むこの街では、もう少し肩の力を抜いて風景に溶け込めたらな、と思う。安心しようとする度にブレーキがかかる。幸せになろうとする度にズシンと体が重くなる。ひとを傷つけると分かっていながら、それを手放せずにいる。ノスタルジーに託けて、仕方ないよと膝をつき、ボ〜っとしている。それでもあなたは、責めたり嫌いになったりしてくれないだろう。吐き出してもらうことで罪滅ぼしに、なんて思ってもいないが。長くなりすぎて地球を一周した自分の後ろ髪、踏んづけてしまっているとも気づかずに。

 

それでも、時計に置いていかれながらも、引っ張られて後ろに傾き気味のまま、少しずつ進む。はやく行動と気持ちが追いついて、この星の時計と同じ速さで歩けるようになりたい。

 

涙は出ない。泣いたことないもん。

 

純度100%の本心が、ぽろぽろぽろと出てくるようになるまで待っていて。

 

待たないでね。

 

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