幸せの形をした箱舟に、じんわり海水が入っていくのを眺める。
恒久的な幸せは心に安らぎをくれる。だから知らないフリをしながら。
長年連れ添った人とお別れした。
安心にすがればすがるほど、醜くなっていく。安心がまけまけいっぱいに注がれたお風呂に浸かりながら、感情の棘や切れ味が無くなっていくのを感じていた。これだけ持っていれば穏やかに生きられるような、慈愛に満ちた気持ち。このままの生活が続けば一生幸せだと思える気持ち。それは人間にとってどれだけ幸せなことだろう。幸せであるべきなのだろう。変わらないものなんてないよ~。歌の中の自分がよく言う。いつか終わると知って。生き急がなくちゃね。空の青さに憧れて。なんて。でもね、変わらないことは可能なんだ。変えないように生きることはできる。そうしたら表現者で居ることも辞められるだろう。でもそうやって凪の生き方をしているうちに、人を人間たらしめている醜悪で手の付けられないような、輝く感情を失っていった。
いつのまにかぼくは、表現者であり続ける事を選んでいたのだろう。気づけば思考のベクトルのほとんどが内向きだった。深いところまで潜り込み、狭い視界で外界を見渡す。そんなとき、自分以外の人間と真に向き合えるわけがない。結果まわりの人間も、一番近くに居る人も大切にできぬまま、日は沈んだ。夕暮れにつられて。たぶんね、他人の中にぼくが棲むことが怖かった。孤独を愛せないくせに。放った拒絶はそのまま跳ね返ってじんわり皮膚を刺してくる。
呆然としながら、明日の行き先を考えるフリをしている。また、世界に色がつく日が来るのかな。色の無い闇に背中を押されながら、帰る場所を探す。どれだけ目を大きく開いても、薄眼のまま映るような景色。
ぼんやりした視界の中、青信号に変わるのを待っている。
ばか自分で変えなきゃ。なんて、そうやって全部自分でやろうとしたからだよ。いつか人の目を見て話せるようになれば、いいな。
さよなら、いままでのぼく。