銀河を超える光に

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さようなら人類(2024)

さようなら2024年の人類。

 

頑張ってボ~っとしていた。

本当はココロも体も激動に追いつかぬまま、歳を重ねるごとにバッタバタで。悟られぬようにまたボ~としながら。相も変わらず今年も、地に足つかぬまま地球から浮遊したまま2024年が終わる。

 

大阪に出てきて3年目。今年は2回も引越しをした。ぜんぶ大阪市内だけど、もう4回ぐらい引っ越している。それぞれの街に根を1ミリも張れぬまま、転々としている。住む街に慣れぬまま、風景と仲良くなれぬまま。だから、ひとりぼっちで音楽を生む時間が増えたかも。おかげで、やりたい生き方も見つけたし、大事なものも見つけた。少しずつ地に足つけられたらいいな。まぁでも、引っ越し祝いは焼肉と決めているので、焼肉を目的に次の引っ越しを目論んでいるまで、ある。

そして、少しずつ自分の表現が遠くに届き始めるのを実感した。レーベルからCDを出し、全国流通させてもらった。日本中のCDショップに並ぶ自分の描いたジャケット、自分で紡いだ歌詞、じぶんのきもち。ひとりぼっちで生んだ音楽が、みんなの力で形になって、遠くに飛んでいく。階段の一段目を上った感覚。もっともっと。音楽もバンドも、飽きたらやめようと思っている。ただ、ぼくはワガママですので。ここで産まれたメロディだけ、ぼくの産んだメロディだけが世界中で鳴り響くようになるまでは、やめたくないな。

 

今年は、肩に力が入ることが多かったな~

 

今年おぼえた事は、その力の抜き方。情熱と表現のバランス、いつまでも難しい。緊張ともまた違う、気合のベクトル。力んで苦しくなった声や音では伝わらない感情もある。これまでは我武者羅にブッ飛ばす事しかできなかった。それじゃ肩に力が入り過ぎてしまう。それも好きだけど。ただ、遠くに届けたいうたは、そっと空気の波に乗せなければ届かない。まだ完璧にはできないけど、今年は少しだけ空気の波を掴めた気がする。来年はブッ飛ばしの歌と、ゆったりの歌、どっちもやる。新しい歌も知りたい。歌だけじゃない、他にもたくさんやる。あくまで歌は、生活から出る感情。

肩の力を抜くことができたら、生活のうちに見失っているものにも気づく。幸せの形、これしかないと無理をしてまで守っていたものが、意外とそうでもない事に気づいたり。幸せは自分でしか掴み取ることができないので、常識、社会、他人にとやかく言われたくらいで手放していいものではない。いままではひとりで生きているつもりだった。でもひとりの人間は人間ではない。間が無いから。神様おねがい、なるべく人間の幸せを放っておいてほしい。自分の大切なものは、自分で決める。誰にもゴチャゴチャ言わせんように生きてやる。

 

こうやって綴ってみると、去年とは大違い。いままでは外向けの気持ちを発信することばかりだったが、今は思考のベクトルをより自分に向けることができている。それは以前よりも自分を大切に出来ているからかも、しれん。もう自分ひとりの命では無い事を実感できる。でっかい悲しみも、でっかい幸せも知った。こうやって人間は、感情の厚みを増していくのかな、とか思いながら。今までよりもさらに大きな感情が、音楽になったり何かしらの表現になり世に出ることになるだろう。それらが未来の自分を何処までも遠くに運んでくれればいいな。

 

さて、昨年は入院しており食べ損ねた年越しそば。どん兵衛とかそういうのが良い。そこに"あたりまえ"の幸せが詰まっている気がして。気合の入った飯は気合を入れて食べなきゃだから。なるべく背伸びをせずに、肩に力を入れずに来年に向かいたい。しかもうどんの方が好きだし。結局、緑のカップにお湯を入れながら年越しを待つ。

 

どこまでいっても、キミの世界はキミ中心に廻っている。なるべく幸せにしたげてね。

 

よいおとしを。

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