銀河を超える光に

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地球滅亡Ⅱ(ツー)

こんな日に限って、空も空気も町並みも、ぼくをやさしく包み込もうとしてくる。いつもならみんなみんな、ぼくを景色から押しのけようとするくせに。最近はあれだ。前のめりになったときに転けそうになって足が一歩前に出る現象、わかるかな?あの感じで、いまはそうやって仕方なくしがなく生きている。

 

幸せって、気を抜いた途端に逃げていく。気を抜いているうちはそれに気付く事ができぬまま。でも気を抜かないと幸せにはなれない。ジレンマのようで、実は理に適ってるんじゃないかな、って最近は思う。今回は幸せの中でも特に"安心"に近い部分のはなし。知ってるんだよ、ほんとうは全部。でもこれ以上知ってしまったとして、どうにもならないという事を知るだけだったり。あなたを手放すことができれば、どれだけ楽になるだろう、と昔言ったのを思い出した。今は違う。楽になることは幸せになることとは違う。あのときは死ぬ気で幸せになる覚悟、あっただろうか。死んでも守る!なんて言うけど、ぼくが死ぬ事があなたのためにはならないと気付く瞬間こそが愛だったりして。急がないと神様がまた余計なことをしてくる。いい加減、ぼくたちに手を差し伸べるのをやめてね。

 

永遠なんてない事は誰よりも知っている、つもり。にんげんって、悲しみが背を刺しに来ない限りは、永遠の中を生きているような感覚に陥ってしまう。必要以上に傷つかないように、いつもそればかり考えている。ただ、日々を疑うことなく、深呼吸してもため息吐いても逃げないような幸せが、いつかぼくにも訪れたらいいな。

 

神を想うだけで救われると信じたり、そもそも生まれ落ちた時点で救いなんて無かったり。死生観も宗教観も辿れば1つになるように、にんげん達はいつもいつも、幸せになりたいと願う。

 

あなたを手放すことができれば、どれだけ楽になるだろう。そんな思考が脳を横切る度に、楔形になる心。飴玉のように何度も何度も溶かして丸く固める。それかそのまま溶かしておいて、トゲトゲのあなたを包み込む。

 

世界に嫌われるのも、もうやめた。

この世界と一緒に幸せになろうね。